スキン~あなたに触らせて~

Netflixにてエドゥアルド・カサノバ監督の『スキン~あなたに触らせて~』を鑑賞。原題は『PIELES』(英題:Skins) 。それにしても邦題のセンスの悪さ、内容の伝わらなさの安定度たるや。


結論から言うと、とても大好きな映画です。
オープニングからタイトルまでの流れが、ちょっと涙が出そうになるほど素晴らしくて。ゴングなった瞬間に、殴られてもないのにボッコボコにされた気分。不戦敗ってやつ。

以下、感じたことをザっと。

ラストシーンはいわゆるハッピーエンドと言われるものなんでしょうが、その塩梅もなんだか…こう手放しに喜んであげられないんだけど、それでも形として収まったのなら…ってちょっとナイーブになってしまった。

今、あいちトリエンナーレで展示されている、ウーゴ・ロンディノー ネ『孤独のボキャブラリー』やサエボーグ『House of L』など、いわゆる映える作品の横で、意図も組もうとせずただ可愛い!だけでスマホでパシャリ&インスタに投稿する人たちを、傍目から眺める気持ち悪さと同じ類いの感情が終始付きまといました。

とても良い笑顔でエグいことやってるなぁ…と、確信犯ならなかなかのサイコパスか、めちゃくちゃ意地悪な人。

この映画にも言えることなんですが、ヴィジュアルはとてもとても可愛いんですよ(気持ち悪いんだけど)、いわゆる“映え”ってやつ。だから騙されて観ると面食らうよ!とかそんな単純な話ではなくて。

それが良い悪いではなく、そこで“楽しい・可愛い”だけを感動のマックス値を持っていくのは、ちょっと勿体無いなという話だけです。考察する・少しだけ掘って考えてみるってタダでも出来ることなので、そういうのもアリじゃない?という老婆心。

そういうものの見方って、何かを観る時だけじゃなく、対人関係でも生かされてくるんじゃないのかなって。その人をもう少しだけ、深く知ろうとしてみる姿勢。それって人が一人では生きていかれないというこの世の大前提において、生きるということをより豊かにしてくれるし、自分を強くしてくれるんじゃないかなと信じています。

メタファーとしての、ピールズ(肌)。
でも本当に優しく触りたいのは、大切だと思う人達の心や、自分の弱さなのかもしれません。

追記:エドゥアルド・カサノバがイケメンすぎて、この作品の説得力が増すというミラクル。キレイごと書いておきながら、やはり美しさは正義だなと感じてしまった次第です…。
(エドゥアルド・カサノバ:美と幸福は人々を支配する独裁者”…奇形の人々をパステルカラーで彩った異色作